娘が青葉つむぎに殺された話

 

 娘が自殺した。


 娘については前回のブログで書いてるので読んでない人はこっち先でお願いします。


 正直まだ全然現実が受け止められてない。あんなに楽しそうにしてたじゃんって気持ちがどうしてもあるし、こんなことなら夢ノ咲なんて勧めるんじゃなかったとか自殺未遂を図った時点で辞めさせるべきだったのかもとか、後悔してもしきれない。
 

 ごめんなさい。書かないと気持ちの整理が出来ないので娘のことを書きます。

 前回の記事でアイドルってすごいな、みたいなことを書いたけど、今となってはアイドルなんて存在しなければ娘は死なずに済んだのに……と思ってしまう私がいる。多分娘が死を選んだのは、青葉つむぎが原因だから。
 

 あんなに元気だった娘がみるみるうちに落ち込んでいった。何があったのかと聞いても、気のない返事ばかりで詳しいことは教えてくれなかった。

 思い返せば元気がなくなったのはfineのライブに行ってからだった。確か娘はすごく楽しみにしていた。これが最後の舞台で、fineの革命が今日で達成されるとかなんとか。何をもってして革命の成功なのか、その辺りが不明瞭で私も詳細は把握できていない。

 最近は私の仕事が忙しくなって、娘の話をちゃんと聞いてあげられていなかった。今思えばもっといっぱい話せば良かった、ちゃんと聞いておけば良かったって後悔ばかりが押し寄せる。

 とにかく娘はすごくそのライブを楽しみにしていたのに、帰ってきたときは思ったより浮かれている様子ではなかった。もっとマシンガントークで感想でも聞かせてくるんじゃないかと思ったけど、娘は心ここにあらずといった雰囲気でぼんやりしていた。

 ライブの高揚感で胸がいっぱいなのかもと思ったし、私自身も疲れていたので娘のことはそっとしておいた。

 しかしその日から、娘は日に日に昔の娘のようになってしまった。何に関しても消極的で、引っ込み思案な元通りの娘。

 母親としては別にそれでも構わなかったけれど、クラスにはやっぱり馴染めなかったんじゃないかと思う。

 最後の革命を成し遂げたことで、恐らく五奇人という人たちはいなくなったか大人しくなったかしたのだろう。

 共通の敵たる五奇人とやらがいなくなれば、また各々が攻撃対象を設定して徒党を組むのは当然のことだった。

 恐らく娘は、またクラスで居心地が悪い状況に逆戻りしてしまっていたのではないかと思う。今思い返せばきっとそうだなと思えるのに、当時は全然気付けなかった。娘はもう生きる理由を見つけたから、私が過剰に心配する必要はない、もう大丈夫なんだって思い込んでいた。


 ある日娘が泣きながら帰ってきた。どうしたのかと聞いても娘はやっぱり何も教えてくれなかった。

 その日から娘は部屋に引きこもって出てこなくなった。もちろん学校にも行かない。

 すごく心配だったけど、下手に刺激しない方がいいんじゃないかとか病院に連れて行った方が良いのかとか、どうすれば良いか分からず私は途方に暮れていた。

 私自身、娘とちゃんと向き合うだけの時間が取れないというのもあった。時間がないのに中途半端に接して、何か傷つけるようなことをしてしまったらと思うと怖くて、ただ娘が落ち着くことを祈りながら毎日仕事に行っていた。


 そうして私が迷うだけで何もせずにいた数日後、娘はマンションのベランダから飛び降りた。

 前回校舎の屋上から飛び降りたときは奇跡的に一命を取り留めたが、さすがにマンションの10階から飛び降りて助かることはなかった。

 つい二週間ほど前まで元気だった娘が、呆気なく死を選んでしまった。もちろん娘にとっては呆気ないなんてものではなく、きっとすごく悩んで、悩んで悩んで苦しんだ末に出してしまった結論だったのだと思う。でも私にとっては、やっぱりその結論は「呆気なく」というほかない。


 娘の部屋にノートが落ちていた。中を開いてみるとものすごく力強い筆跡で文章が綴られていた。

『青葉つむぎ』という文字の隣に『許さない』と綴られているのを見て、これは娘が最後に残したメッセージに違いないと確信した。

 遺書とも呼ぶべきノートは、娘と青葉つむぎの出会いから始まり、娘がおかしくなったライブの日のことも記されていた。

 最後のライブでfineは革命を成し遂げた。そこまでは良かった。しかし彼らはその先については何も言及しなかった。

 そしてその日を境にfineは活動を辞めた。あんなに精力的に活動していたにもかかわらず、急に、だ。

 革命を成し遂げて、その先に明るい未来が待っているはずだった。なのにfineは革命を成した後、散り散りになってしまった。

『日和くんと凪砂くんは転校したし英智くんはまた入院してるみたいだけど、それならつむぎくんだけでもfineとして活動してほしかった……』

 娘の遺書から察するに、青葉つむぎもfineから消えてしまったようだった。

 どうやら青葉つむぎは、fineをやめて五奇人の人間と活動するようになったらしい。娘はそれがどうしても許せなくて青葉つむぎに直接話をしにいったことが遺書には記されていた。

 恐らく飛び降りる直前に書いたと思われる遺書は支離滅裂で、どんな会話の流れで、どんなやりとりを青葉つむぎとしたのかを把握することは難しかった。
 精神的に追い詰められていたであろう娘の主観が大いに入り混じっており、その全容を把握することは難しい。

 恐らく娘は青葉つむぎにどうしてfineを抜けたのか、あるいはどうして五奇人の人間と活動を始めたのか、といったことを尋ねたのだと思う。それに対して青葉つむぎは、傷つけてしまった人たちに償いたい、と答えたようだった。

『傷つけていた?何を?誰を?五奇人は倒すべき悪じゃなかったの?』

 娘の筆致は更に荒くなり、怒りだか絶望だかの激情が渦巻いていたことだけは見て取れた。

『私が傷つけていたのは人間だったってこと?ただ真っ当に活動していただけのアイドルを、私たちは傷つけていたってこと?』
『お前がそう言ったのに、五奇人に立ち向かおうなんて言ったのに、私たちはみんな主人公になれるなんて騙して』
『絶対に許せない』

 娘の遺書は支離滅裂だった。fineへの恨みと共に、五奇人への懺悔が大量に綴られていた。

 自分はいじめられて傷ついた人間だから人の痛みが分かると思っていた。
 でも私は、気づかないうちに同じ人間である五奇人をいじめる側に回っていた。
 みんなそうだから。
 fineがそう言ったから。
 これじゃ私は私をいじめるクズと何も変わらない。
 みんなだってそんな風に何も考えず私をいじめていて、きっと誰もそれに気づかない。私はいじめても問題ない人間だって思われてるから。
 私が五奇人に対してそう思っていたように、私をいじめるみんなも正義感を持ってやってるんだ。考えなしの正義感、同調圧力、曖昧で形のないものに私の人生は迫害されてきたんだ。
 つむぎくんと夢ノ咲学院で再会したとき、fineの活動は最大多数の最大幸福を目指しているのだと教えてもらった。
 ひとりでも多くの人を幸せにしたいし、もちろん君だって幸せにしますと言ってくれた。やる気のない連中に夢を邪魔されるなんて嫌ですよね、努力は報われるべきでしょう、だから俺たちと一緒にこの学院を革命しましょう、って手を差し伸べられた。
 私はつむぎくんだけが私を助け出してくれるんだって思った。私がつらいのは私のせいなんかじゃなくて、五奇人とかいうやつらが全部全部悪くて。
 最大多数の最大幸福って、みんなを幸せにする魔法なんかじゃなかったんだね。考えたら分かることだけど、私は考えることをやめていた。つむぎくんが難しいことは考えなくて良いって言ったから。
 つむぎくんは神様じゃなかったの?
 私を救ってくれるんじゃなかったの?

 そのあとにはびっしりと『許さない』という文字が書き殴られていた。
 そして、『夢なんか見たくなかった』という文章を最後にして、以降は白紙だった。


 結局、夢ノ咲学院で何が起きていたのか、部外者の私には何も分からない。どうしても娘の自殺の真相が知りたくて何度もネットで検索しているけれど、一切の情報が出てこなくて気味が悪いくらい。

 誰が悪くて誰が悪くないのかも、ちっとも分からない。娘の一方的な逆恨みなのか、結局のところ五奇人という人たちが諸悪の根源なのか、それともみんなfineに騙されていたのか。

 青葉つむぎが娘に接触した意味はあったのか。それとも意味なんてなかったのか。


 『青葉つむぎ』と検索すると、十歳前後の子供の画像が表示される。たれ目で優しげな表情から察するに、これは青葉つむぎ本人の幼少期に撮影されたものだと思われる。

 聞いたこともないような事務所に所属しているらしい彼は、どうやら小さな頃からアイドルとして活動していたらしい。

 プロフィールには「立派なアイドルになって、みんなに夢を与えたいです」と書かれていた。

 『夢なんか見たくなかった』という、娘の遺書に書かれていた文言が脳裏から消えなくて、私はなんとも言えない気分になった。


 青葉つむぎは計算の上で娘に近づいたのか、悪意があったのか、今となっては知るよしもない。

 けれど青葉つむぎとあの病院で出会うことさえなければ、娘はこんなことにはならなかったのかもしれないと思うと本当にやりきれない気持ちでいっぱいになる。

 やっぱりアイドルなんてさっさといなくなればいいのに、と思ってしまう。

 甘い夢だけ見せる無責任な存在のせいで、振り回されて娘は殺されたんだ。